2009年11月2日月曜日

タイニー・ティムに逢った夜。

夕べは渋谷の「青い部屋」にてライヴをやってきたんでありますが、天気最悪、集客最悪、対バン最悪の悪々づくしの夜でございました。ガレージ・ロック系のイヴェントだと当初聞いていたんでありますが、バンドが集まらなかったのか、いざ蓋を開けてみれば、ジャンルはバラバラ。とにかく数さえ揃えりゃいいってもんでもないと思うんですが、ハードロックバンドから小粒のアンジェラ・アキまでよくぞここまでバラバラに揃えたなって開いた口が塞がらないとはこの事。これじゃ、客を呼ぶにも一番宣伝しづらく一番呼びづらいパターンこの上なく、そして、観に来た客が一番退屈して疲れるパターン。平日の通常ブッキングならまだしも、日曜日の夜に仮にも店の「イヴェント」として企画しているわけですから、もう少し筋の通ったバンドのセレクトをしていただきたかったと強く思ったわけで、その上、しっかり、ノルマだけは搾り取られて心も財布もスッカラカン。そんな凹んだ一夜の唯一の救いだったのが、ウチのバンドの次にライヴをやった「ジーニアス」という歌と踊りの打ち込み系のユニット。タイニー・ティムと葉加瀬太郎を2で割ったような体型と風貌のお兄さんがどうやら首謀者らしく、歌って踊ってピアノを弾いて大活躍。そのバックで女子3人がコーラスやら踊りやら・・・。最近の打ち込み系バンドは観ていて「薄ら寒い」ものが多いんですが、薄ら寒さギリギリで踏みとどまってるというか、薄ら寒さを飛び越してその負のエネルギーが無理やりプラスに転換しちゃってるような自虐的なステージは、観ていて軽い嫉妬心を覚えたほどです。彼の愛くるしい目で見つめられ、危うく「石」にされそうになったボクちんでした。

それにしても、青い部屋の店員がまた入れ代わっていました。ホントしょっちゅう代わるんですあの店。この数年で何十人辞めてるんだろう?せっかく覚えた顔が、次行ったらもういない。「あまり店員が代わるのってよくないんですけどねぇ」と昨日まだ入って1ヶ月ぐらいだという女の子が漏らしていましたが、そんなこと言われなくても人が居つかないってことはそれなりの理由が何かあるんじゃないの?って、勘ぐりたくなるのが普通。オレが最初に青い部屋に出たのは6年前ぐらいか?着ぐるみ&オルガン弾きのJONちゃんの企画したイヴェントに呼ばれた時。それ以降も、ウチのバンドカラーにピッタリ合う数少ない貴重なハコとして定期的に出演させてもらっているのですが、今思うと、あの頃の店の「雰囲気」(総合的な意味で)が個人的には一番よかったように思う。部外者のオレが偉そうにとやかく言うべきことではありませんが、店のいちファンとして、また、いち出演者として、今後あの歴史ある店の行く末が心配でなりません。


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▼ダンボール・バット最新PV♪「柳の下で」
(日本語作詞&編曲:AMI/作曲:JOHN CAL)




▼ダンボール・バット最新ライヴ映像
♪「ヨーソロー(奴隷船)<作詞作曲:AMI>
(DRIVE TO 2010鈴木慶一プロデュース・ナイト/2009年10月9日)


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